香島郡は軽野の南に童子女の松原がある。
昔、神に仕える若い男女がいて、男の方を那賀の寒田の郎子、女の方を海上の安是の嬢子といった。
ともに容姿麗しく、村を越えて聞こえてくる評判に、いつしか二人は密かに思いを抱くよ
うになった。
月日が経ち、歌垣の集いで二人は偶然出会う。
郎子「いやぜるの 安是の小松に 木綿垂でて 吾を振り見ゆも 安是小島はも」
嬢子「潮には 立たむといへど 汝夫の子が 八十島隠り 吾を見さ走り」
二人は松の木の下で、手を合わせて膝を並べ、抑えていた思いを口にすると、
これまで思い悩んだことも消え、ほほえみの鮮かな感動が甦る。
二人は夜が明けるのも忘れて恋を語り合った。
やがて空が明るくなると、二人はなすすべを
知らず、人に見られることを恥じて、松の木になってしまった。郎子を奈美機、
嬢子を吉津松と呼んで、今に伝えているのである。